和敬清寂日記 ~ 一滴潤乾坤 ~

和敬清寂日記 ~ 一滴潤乾坤 ~
2020.05.20
終日の雨とリモート稽古
暗く肌寒いほどの部屋に座す
二人で一階と二階に分かれて
午前から夜半まで稽古
合間に食事や雑談して
また分かれる
それぞれに隙間時間を狙って
庭を手入れする吉森と
玄関のたたきを洗う私と
恵みの雨が滴々と落ち
地中深くにゆっくり染み込み
じわじわと伸びゆく力を感じる
やがて土を破って
陽の下に顕れたときには
止めようのない力になって
この世界の気を吸い
新しい風を吐いて
未来を形造ってくれる…
稽古で感動することは実は多い
ただし記録されることは稀有…
独り暮らしの若いお弟子が
ワンルームの自室を片づけ
一畳分の呉座(ござ)を購入して
空点前でのリモート稽古を始めたのは先週だった
見えない襖や畳縁もきちんと見据え
エアの釜に置くエアの柄杓の高さも長さもぶれない
何も無い中で選んだ科目は茶筅荘り
大学の部室にある瀬戸の一重口の水指の由緒を語って聞かせてくれた
一昨年の水無月茶会で
山の旅をテーマにした際
大木の切り株に見立てたあの水指
持ち帰る姿は確かに
あの水指に指がしっかり添っていた
あの晩
彼女はAmazonで柄杓を買った
今日その真新しい柄杓を
風炉釜代わりに積み上げた
本の上で引き柄杓してくれた
弓が引き絞られる時の緊張感…
私には立ち上る湯気が確かに見えて
背中はぞくっと
目頭は熱くなった
稽古が終わって画面を切り
タブレットの黒い画面に合掌した
長い稽古日が終わり
空腹と慈雨が心地良い
今日の稽古に…
余情残心
小さな息子さんとstay-at-homeで
二人で稽古に挑むのは二度めの方
今日は無印のケースを茶箱に見立て
オモチャ箱の底板を乗せて…
卯の花点前をされました!
みんなそれぞれが
私たち二人をサプライズで
茶席に招いてくれるリモート稽古
私はカメラで弟子を見つめる
弟子は横目で息子を気にする
画面から外れている少年が
ふわふわしているのを私も感じる
どうしたら三人でひとつになれるか
点前をみながらずっと考えている
最後に少年に座り方の稽古をした
複式呼吸を伝え
姿勢でどれほどカッコよくなるかと
ゆっくり、ゆっくり、三人で
深い呼吸をしていれば
お母さんの呼吸を鏡にして
お互いが画面の外にいる
私と少年も
次はきっとひとつになれるはず
終わりの挨拶の時に
姿勢よく並んだ親子は神々しく
少年は
光明皇后が造らせた仏像と重なった
彼に今日の花を入れた
『敦盛籠』の名を伝えた
美男に出逢うより嬉しいことは
美男に生まれ変わる瞬間に立ち会うことかも知れない
毎度自宅内での場所を変え
見事に舞台造りをしてから
衣装を整えカメラに入る方もいる
並べる道具も美術品級
見立ては斬新かつ大胆で唸る
今日は鳴門の渦の絵を掛け
鉄板で設えた床には舟の籠花入に
都内ではよもや見られないと思っていたイワガラミを
屋上で育てたと
然り気無く投げ入れる
風炉を据え釜を掛け
実家に以前からあったらしい
貴人台や桑小卓を用意し
早めの褝(ひとえ)をさらりと着る
入門してから初めての夏
独座して世界を眺める稽古
液晶画面が何処でもドアになり
毎度私たちが壺の中に誘われる…
また別の方は
二階の和室を稽古部屋に仕立て
風炉釜を備えた次は吉野棚を入手
さらには壁床も欲しくなったという
私たち二人はその言葉に
紫陽花の開花を待つような
震えるほど瑞々しい期待を膨らます
リモート稽古になってから
いきなりぐんぐん伸びている方
永年の登山から得た哲学が
自宅稽古という一人の歩みになり
黙々と着実に頂を目指している
この一月の間に別人になった
(もしかしたら別人なのか…)
まず日を重ねるたびに
自宅がしっかり道場化して行く
リモート稽古の時間は
その日の最後のひとこまを垣間見るようなもので
見えないはずの自主練が見え
自分自身を振り返り赤面する…
就活もままならない自粛期間の大学生さん
昨日から和室を掃除して
手作りのわらび餅を用意して
今日の稽古に臨んでくれた
お父様丹精の庭の花を切り
お祖父様の陶芸作品に投げ入れ
お母様の趣味の器を道具に見立て
彼女の住む明るくて柔らかい世界に
こちらを招き入れてくれる
次回はどんな室礼になるのか
茶事を待つように日を数えながらも
明日はこちらが招く番…
お茶は無から始められる
無から一になり
一のお茶には
一にしかない楽しみがある
無から始まり
無限大に広がっていく
宇宙のように広がる未来も
楽しみで想像を巡らせもするけれど
忘れたくないのは
今日しかない今日の新しさ
画面の向こうに在る
『本物の稽古場、道場』に
こんなにも胸を震わせた
自分自身の今日を
大切に私の心に刻みます