~星霜軒抄『観月の茶会』~


2023.9.30/10.01 

珠光も嬉しく見上げたであろう
今年の関東の名月

多彩な雲が絶え間なく流れ
千変万化の装いでした
中秋の名月と満月が重なり雲も出て
虫も力強く鳴き継ぐ夜
何度も外に出て月を探しました

雲は厚く、しばらくは月の在りかも分からず
ぐるぐる夜空に頭を巡らせ
晴れ間のなきは哀しく候…と独りごちると
にわかに雲襖が開き白光が射してくる…

雲や水や風は心をくるくると動かす装置で
その無心の働きにより移り変わる様こそ
『命』であり『美しさ』だと
いつもいつもご教示頂きます

さて名月明けの星霜軒にて

寄付には水原秋桜子の短冊
『逗子の前 望の光の来ていたり』
と聖徳太子の孝養像の木彫(時代は室町以前)

吉森の点心懐石を明るい立礼席で
観月は煮物椀で楽しんでもらい
月と忍草の蒔絵の黄地椀に
蕪の満月と小豆、芋、栗、銀杏、隠元
葛仕立の出汁に光が差し込むように

秋鮭の西京漬を串焼きで
茶筅茄子の揚げ浸し
蓮根と南瓜と紅白りんご酢膾
落花生の塩ゆでに琵琶湖のわかさぎ
酒は滋賀県の『萩の露』

床に画賛海北友松(かいほうゆうしょう)
の布袋乗驢図

友松はとても気になる人…
安土桃山の三大画匠、重要文化財なことより
浅井の重臣の海北(つまり湖北)家の者なこと

賛の筆は玉甫紹琮(ぎょくほじょうそう)
玉甫は古渓宗陳(朝倉氏)の後継者になった
元は三淵家の男子…
つまり三淵藤英や細川幽斎の弟である

この軸の背景の後方には
幽斎(三淵藤孝)や秀吉や近衛や明智や浅井ら
本能寺以前から夏の陣までの記憶が
むんむんと漂っている
だからこそ布袋は世情の橋を踏み壊して渡る

漢詩の内容から誰の依頼の画賛かを
想像するのは楽しい
布袋図のように誾々(ぎんぎん)と笑って
橋を踏み壊して俗世を捨てた一閑人さんは
どなたなのでしょう
雅やかな金襴の表具が似合う御仁なの?

(ちなみに友松の婦女図の中の一人が
小野お通の描いた霊昭女図と
酷似(ほぼ写したか?)している
お通は友松の近くにいたような…)

菓子は錦玉
青銀の雲間から卵餡の望月を眺める
銘は『月も雲間のなきは嫌にて候』とした
吉森のスケッチ画に込めた水面の揺めき具合
雲に透ける銀青の月光など
静かな美しさに仕上げてくれた

菓子器は母の実家の古い染め付けで
大事にし過ぎて半世紀以上も未使用…
令和五年から我が家で使っています

前日に杉山氏も清めてくれた露地
濡れた石を渡り後座(茶室)へ

床の無双釘に花を掛け
秋明菊は今年の一番花
うちの桜蓼は経年で白花になりました
藤袴の薄桃紫を添えて

花入は『十五夜』藤村庸軒の作
毎年の中秋に出すと決めている

萩の枝を、露に見立てた銀の鋲で打ち並べた風炉先屏風は鉄刀木の枠に七宝繋の彫金…
風炉は蒲池焼、小板は小ぶり荒目の宗哲
釜は時代の車軸釜、蟷螂鐶付
水指は江戸初期の黒薩摩の手桶 蓋は朱塗
蓋置は一閑人

茶入は桃山の美濃織部
大灯金襴の袋に溜塗の挽屋
(点前用に草花蝶紋金襴の袋を新調)
強く握りしめた指跡で三角柱の成り
茶杓は古田織部
卜深庵の筒箱
薄器は鱗 
茶碗は朝鮮唐津、筆洗や仁清、高麗御本etc

社中若手 点前は西本拓真 長井朱李
水屋 越智友梨奈

ご来庵くださいました皆様に
心より感謝申し上げます✨

土産は葡萄の二種ゼリー
終わってよりまかないと自服
以上備忘録