「星霜軒一日二冊」其の三

「星霜軒一日二冊」其の三
十四年前、母が入院した初夏から僕の料理は始まった。
突如やって来た父との二人暮らし。
出来合いのものを買ってきて済ます食事を繰り返していたある日、スーパーのお惣菜売り場で南瓜の煮物を眺めながら考えていた。
この先ずっと人がつくったものを食べ続けて、いつか母の味も忘れてしまうのか。それとも母に注がれた愛情を食卓に甦らせるのか。
自分にしか出来ないことがあるのなら、それを選ぶことに迷う必要なんかない。
そのまま母が家に戻ることはなかったが、それから七年、父との暮らしに母の遺した包丁を握り続けた。
いまは、星霜軒で共に生きる妻と、この場所に集ってくださる人々のお顔を思い浮かべながら同じ包丁を使いつづけているが、磨ぎ減りでだいぶ小さくなっている。
・「いつものかぞくごはん」
 李映林・コウ静子・コウケンテツ著
料理家家族三人のおうちごはん。それぞれのレシピに、誰かが家族ならではの感想を書いている。料理には人を幸せにする力がある。料理することを通じて大切な人と向き合うことの豊かさを自然体な姿で教えてくれた一冊。
・「おいしいもののまわり」
 土井善晴著
料理とは、命をつくる仕事である。
美味しいものは、音まで美味しい。
私の手が、美味しいんです。
など数々の名言を持つ料理研究家・土井善晴。レシピ本ではなく、料理による哲学思想書だが、読んでいると料理がつくりたくなってくる。