星霜抄
~炭箱の上のララ~
碧雲門ができてから
我が家の生態系は
変わった
それは小さな変化なのか
やがて全容を変えるほどの
大きな変化の「兆し」なのか
見ている今は分からない
家の屋根と数寄屋門の屋根を重ね
庇を繋いでもらった
雨の日に
傘を差しながら鍵を開け閉めしたり
傘を畳むときに気持ちが落ち着かないのを淋しく思っていたから
客人にも同じ思いをさせたくなくて
情けは「人」の為ならず…
気づけば碧雲門は
身近「生き物」たちの憩う場にも
なっていた
揚羽が庇の下に蛹を作ったのを
通りかかる小学生たちも気づいていた
毎日露地を通る猫さんのうち
純白のララさんは
晩秋から冬にかけ訪問頻度が上がり
昼は露地の木戸の階段で昼寝して
夜は碧雲門の下に仮に積み上げた
茶の湯炭の段ボール箱の上を
寝床にするようになっていた
玄関を開けると目が合うので
ララさんが寝ている間は
遠慮して勝手口から出入りした
ララさんもこちらに気遣いがあり
ポストを開けたり
御用聞きが来ると
ストンと降りて
音もなくガレージへ向かい
ベンチの下の木漏れ日を迷彩服にして目立たぬよう
第二のお気に入りの場所に移った
外出から帰るときも
脅かしてはいけないかと
「ララさん、ただいま…」と
小さく声をかけてから
引き戸をそーっと静かに開ける
覗きこんだポストの横に
白い丸い毛玉が見えると
ほっとしつつ
そちらを見ないよう
静かに素早く扉を開けて
玄関に入り扉を閉めた
閉め際にちらりと見ると
ララさんもこちらを見ていて
目が合うと黙って会釈した
こんな同居の始まりみたいな
気の遣いあいがしばらく続いた
箱の上はララさんの体の形に添って
まあるく凹んでいた
体に添う分
暖かく過ごせるようで
中身が少ない箱を選んでいる様子…
しかし仮置きの炭箱を
いつまでも玄関に置いておけない
先日の大雨では
ついに吹き込む雨で段ボールの底が濡れてしまった
放置すれば紙の劣化で炭が崩れ
収集つかなくなってしまう…
「お互いの為だ」
と炭を収納する大きなキャリーケースを購入した
炭を詰め替えるために
段ボールに手をかけた瞬間
ララが目を見開いたように見えた
「何するの!」
と目が訴えている…
気まずい
本当に
気まずい…
ジェスチャーで箱を積み替え
新しいケースを置いたら
そこへ自由にどうぞ
などとやってみる私を
肩越しに見ていたララが
ついに泣きそうな目で
プイッ!
と踵を返して走り去った
泣きたいのは私の方だった
いやしばらくして振りだした雨が
夜半にひどくなるにつれ
何度も玄関から首を出し
ララが戻っていないか見ては
白いケースだけを空しく眺めた
こんな固くて冷たい手触りは嫌いだろうか
体に添う柔らかさが必要か
解いた着物と真綿で
ララさんの座布団を作ったら
気に入ってくれるだろうか
ララは泣いているだろうか
いや野良猫は偉いから
平気のへいちゃなんだろうか…
私は泣いた
あれから二日
どんより過ごした
三日目
ララがかえって来た
留守中に来て様子を見ていたのか
ガレージで私たちの帰りを出迎え
しばらくケースを見つめていた
吉森がとっておいた
段ボールを素早く持ち出した
藁灰にする藁が入っていた小さな箱
それを新しいケースの前に置いて
どうぞと手を向けてみた
しばらく見つめてから
ララはまた静かに去った
また時間をかけるしかない
暑くなれば新しいケースの手触りも
気に入るかも知れない
いや考えてみたらこのケースは庇の下に置くためではないのだが…
碧雲門は誰のため
情けは何のためにある?
まだ分からないことばかり
教えてララさん
(おでこが黒いのは炭箱の中の袋を除いた証し…(笑)炭の粉、ついてますよ)