星霜抄
~行く春は子羊のように~
毎朝必ず二階のバルコニーから
露地を眺める
この部屋に目覚め七年が経つ
日に日に緑が濃くなっていく
昨日は芽ぶきだった楓も
今日は若葉になり
木漏れ日を作る庇になる
やまももは一樹で森を成し
今年も幾千の果実を降らすだろう
飛び石の間あいだに
苔若葉と歯朶若葉が萌える
いよいよ緑燃える季節が来た
バルコニーの手すりが熱い
木々の梢を鳴らす風は
もうすぐ青嵐になり
またぞろ心を揺さぶり
人生という小説のページを急かす
急いで捲っても
ゆっくり読んでも
物語の先は変わらない…
行く春を惜しむのは
一年がもう「始まり」ではないことへの気づき
ライオンのようにやってきた春
人々が桜に目を遣り浮かれるうちに
すっかり帰り支度を調えて
夏への引き継ぎも済ませている