星霜抄  ~バッタの卒業式~


2023.3.20
11月から一つ屋根の下で
共に暮らしたバッタ

春彼岸の前に自然に返しに行きました

白菜と小松菜が大好きで
夜になるとバッタバッタと元気になる

黒いお目めがパッチリ開き
昼間は白い眼でのんびり
…私たちとは気が合いました

脱走して丸二日居なかったときは
窓から旅立ったと願いつつも
お掃除ロボットもエアコンも
巻き込みが心配で付けられず
そわそわさせられました

三日目にはしれっと白壁の真ん中に
エメラルドグリーンの全身を露にして
大人しくおじさんの手に乗って
暖かいガラスの小部屋に帰りつき
懐紙のお布団にくるまれて寝ましたね

私がブブブ~と唇を震わせて
羽音を真似て見せると
触覚をグリングリンとレーダーのように回し
私と眼を合わせて認識してくれました

立春を過ぎてそろそろお別れが近づいてきた
急にもりもりと食欲が増して
黒い点々が小部屋にたくさん…
懐紙のベッドを何度も取り替えました

『その日は今日である』と今朝はついに
三人ともに感じていました

茶筅の箱に大人しく入ったバッタと
三人で、最初で最後のお散歩をしました

稲科の繁茂する傍の切株を
新たな旅立の舞台に選びました

ところがどうしても
おじさんの手を離れない…
手のひらから甲に回り
また手のひらに…
ついには指を一噛みガブッ!

バッタと呼んでますがクサキリの仲間です
めちゃくちゃ顎が強くて痛いはず
でも二人ともじっとその時を味わっている
これは抱擁と接吻ですな…
(私はいきなり蚊帳の外、傍観者に)

切株に移ってからも
手を顔に添えてグスグスと泣くポーズが
私たちの胸にキュンと小さく穴を穿つ

『なぜ別れなければならないの?』
春風に問えば知らず

(私は人間で良かったと、ちょっぴり思った自分のエゴが恥ずかしい)

『バッタに仏性はあるか?』
無いと思う人には無い
有ると感じる人には当たり前に有る

ねえバッタ
わずかな野菜のお裾分けに応えて
私たちにたくさんの気付きをありがとう

バッタよ羽ばたけ!
寂しくても怖くても
空を仰ぎ草を食め!

そしていつか
片方折れたその触覚をチャーミングだと
思う誰かと恋に落ちてみて欲しい

いつかまた巡り合おう
バッタに生まれ変わるのも
悪くないなと思わせてくれてありがとう
お陰で世界に仲間と思える命が一気に増えた

翠色を見るたびに貴方を思い出すよ
白菜を切るたびに
鍋をするたびに
一緒に暮らした冬を思い出すよ

さようなら
貴方の新しい世界の景色と一緒に
アルバムにそっとしまっておくよ