稽古抄
~後の月の後の月さえ良夜なる
日々是好日世は事もなし~
茶会も終わり十三夜も過ぎ
心静かに稽古三昧の週末
突然屋根を叩く時雨
さらに轟音となり
傘をさしてすぐそこの車まで
無地一つ紋をお召しのお弟子さんを見送る…
今日は私もお気に入りの鮫小紋
仕付け糸を取ったばかりで
車のドアを閉めると早々に引き上げる
傘を三本畳んで戻ると
門の端の方の狭い狭い庇に
老紳士が雨宿りされている
庇の深い方へ入って頂くよう案内し
傘を差し上げて
轟音に負けそうな声を張り
しばし立ち話となる
いつも通りかかりに佇まいを見ています
と誉めてくださるが
この時期の落ち葉には後手に回るばかりで
お恥ずかしい…
雨はまだ激しい
お茶を召し上がりながら
雨が上がるのを待ちますか?
そう言いかけて、まるで吉野太夫と舅の逸話に似すぎていて一人で可笑しくなる
吉野のようには行かないだろうし
茶室ではまだ奥の稽古中…
『いやいや嗜みがないのでとてもとても』
お別れして稽古に戻る
天目茶碗に一碗目の濃茶が練られた頃
雨が上がり静けさと虫の声が戻って来た
やがて二碗目を練るころになると
向き合う師弟のよく似たシルエット越しに
今度は激しい雷鳴が轟いた
(茶狂いの二人への流祖の祝福だろうか?)
夜半に炭を上げ外に出ると
先ほど貸した傘が
玄関前の傘立てに戻っており
傘の持ち手に袋が下がっていた
中を見ると
紅いリンゴと朱色のふよくかな柿が
門下の暗闇にぽっと灯って見えた!
お名前も聞かなかった
傘地蔵さまありがとう
次はお茶を是非にと思い
玄関にも椅子を置いた
その椅子で
最後まで丁寧に片していた弟子に
おにぎりと香煎と柿を剥いて出した
弟子も帰り
今日は店じまい…と
すぐにスマホにメッセージが入る
『本日もご指導ありがとうございました。
雨が降って澄んだ空に浮かぶ月が美しいです。
下手っぴなので写真はありませんが、良かったら外でご覧ください。
月白風清 』
ふふふと笑いながら二人で外に出れば
しっとり夜気に金木犀の香り
空に明るいお月様
拾得さんがお魚焼く間に
寒山またもスマホ打つ
この良夜を如何せん