東西訪問記 ~光悦寺を訪ねて~

~光悦寺を訪ねて~

鷹峯散策は吉野太夫から本阿弥光悦へ

常照寺から光悦寺まで徒歩数分
それはそれは間口の狭い奥行きの深いお寺で
奥ゆかしさに京都を感じる

エメラルド色に輝く参道を真っ直ぐ進み
またも控えめな入り口で拝観料を払い
中へ入れば青空が出迎える

まるでお寺全体が
狭きにじり口から入り宇宙空間へ誘われる利休茶室のよう

秋空の元に居並ぶ鷹峯と鷲ヶ峰は
絵画というより障壁画

光悦垣も二人占めして
セルフタイマーでインスタポーズ(笑)
してしまうほどの
おおらかで全くの無人の境内

それにしても本場の光悦垣の
太く逞しいことといったら‥‥
骨太の茶味は広い蒼穹に相応しい

元気な若い庭師が二人
明るい声をあげながらなんとも楽しげに
そろそろ光悦会に向けての
準備に勤しんでいる

外腰掛けにものんびり座り
秋風と渡り鳥の小鳥たちの囀りと
初紅葉しはじめた楓は瑞々しく
ドウダンツツジは真盛りに朱に燃えて
「あわい」の秋を楽しみました

本阿弥家の墓に参り
オンラインではその心中までを
勝手に語らせていただいた
本阿弥光瑳、光甫にその家族たち

いくばくかは本阿弥一家に縁のある
茶道具にも恵まれたお陰で
近年は心の距離も近づきました

庭師に尋ねて奥の細道を進み
いよいよドン・光悦伯父貴の墓参りへ

さすが大御所様の墓には
凛と白菊が生けてありました

落ち葉も払われ卒塔婆も新しく
大旦那と呼ばれただろう光悦の墓が
現代の大旦那たちにとって
崇敬の対象であることが分かる

旦那とはいかない私たちにも
縁もゆかりも分け与えてくれる伯父貴の墓に
水をかけ長い謝辞を述べ
手を合わす

我が家の光悦軸は
雲英引の本紙に蛍の和歌‥‥
印金の輝く表具は覇者の貫禄で
まさにドンを想像していたけれど
墓参の後は印金がむしろ
木漏れ日と地衣に見えて
侘びと自然を愛する
翁の気持ちが伝わってきた

なるほど刀でザックリ削っただろう
赤楽の鹿香合がよく似合う太虚庵

吉野と同じく
伝説化された面が多い光悦翁ですが
木漏れ日と地衣を纏う墓石が
ふんわり微笑み返してくれた気がした

薄紅葉とすすきと若松と茶の花と
まだ青き山の峰々‥‥

市内の喧騒をすっぱり捨ておき
鷹峯に移り住んだお気持ちにも私淑します

鷹峯は京都の軽井沢
年に一度だけの光悦会茶会のために
清らかに維持される茶室たち

いつか釜を掛けられたらなあ‥‥(笑)
自由な妄想は限りなく空へ広がる

自分を信じる力こそは
本阿弥家の刀剣の拭いの源

完璧の遥か遥か向こうにある
光悦叟の「面白み方」は
この空と峯に漂う白雲のように自由

研ぎ澄まされた無駄のない理想のカタチ
今見ている物の中にもある「それ」を
自分の人生にも見出だしたい

これからもどうぞお導きを