星霜抄 2023.12.3 ~星冴ゆる茶事~

星霜抄 2023.12.3
 ~星冴ゆる茶事~

その約束を交わしたのは
三月のまだ寒い雨の日でした

いつもいつも四季の巡りと共に
通ってくれる人たちが
今度は私たちに物語してくれようと
庵に招いてくれる師走……

それは私たちがここ星霜軒に暮らして
ちょうどピタリと十年が経った時でした

クルミ割り人形のお話で時計が十二時になったかのように
突然その物語はいきいきと動き始めました

『星冴ゆる茶事』
つくばへと走る車の中から
広々と穏やかな青空を見上げて
魔法が始まることを予感していました

時間は…、
時間こそは優しい魔法です

あの時思い描いた絵を
その時感じた光輝く喜びの予感を
『ほんとうのしあわせ』になるまで

ゆっくりゆっくり運んでくれる『時間』
それを惜しむ者には手にできない物語

もし願うのなら
もし祈ったのなら

描いた夢が色褪せてしまわないように
緑の粉をふるってふるって

唱えた魔法が乾いてしまわないように
いつも湯気を絶やさず

茶筅でかき回してかき回して…
自分の祈りを優しい泡で包んで
気長に暮らしていればいい

何度も想像していたのに
想像できない程の嬉しさが湧き出す泉
それが茶事

~~~
芳名帖に
吉森と私と千絵さんの名前を並べたら
ストレートフラッシュを揃えた気分になった
三人亭主の茶事にこの三人で臨む

千絵さんとの出逢いは
明治神宮の森の中
雨の激しい野点茶会だった

一年生で出逢い稽古で四季を8回巡り
振り袖を着て遠方の茶事の寄付きで
待ち合わせするようになった
これも優しい魔法
~~~

清らかな露地は誰のため?
石も木も葉も水も
いまこの世界を造るために何万時間を
経てきたのだろう

障子からの小春の光がゆっくり踊る茶室
あまたの中から選び捕られた一語が
『待っていたよ』
と語り出す……一滴潤乾坤

初炭は一人目の亭主に見とれて過ごし
ゆっくり懐石を味わう
鼻をくすぐる湯気は自律神経を撫でて
感謝のモルヒネを全開にする

本当の美味しさは
素材と料理と器では完結しない
咀嚼する『時間』こそが魔法の仕上げ
会話は薬味
言葉は少なくていい

並んでいる気配だけで通じ合えるし
水屋から漏れ出す優しい波動も会話のうち

誰にも急かされず
何にも追われず
好意を全身に受けて過ごす
時間までが
茶室に座って静かに見守ってくれる

~~~
後座は二人目ご亭主の厳かな濃茶
四方捌きの動きに合わせるように
西陽は刻々と茶室に陰影を運び入れる

黒楽の中が漆黒になるころ
甘くとろける一服を吉森と回す
能楽堂に居るような心地
しあわせすぎて眠くなる…

と、後炭を所望され覚醒する
わざわざ炭を継ぐ支度をなさるとは
もうフィナーレが近いと思っていたのに?

~~~
突然、広間の中央に
綺麗な青い敷物が広げられた
何かが始まる予感?

亭主が持ち出したのは菓子でなく
一冊の絵本!

『読ませてください』
優しい声に乗せて物語されたのは
『ふしぎな植物のおはなし』
手作りの絵本でした!

茶事の約束が十ヶ月も先だった理由が
いま目の前に展開されている
そこに十ヶ月の時間が織り込まれている

『ある星に うさぎのモーリと ひつじのヒカが 仲良く丁寧に暮らす家がありました』

それは星霜軒を舞台にした手作りの絵本!
世界にひとつだけの
私たちの物語の絵本でした
By あきこ&ひろみ 

『吉森先生ひかり先生と
星霜軒を愛するみなさんへ』

溢れた私たち涙の
いったい何倍の汗と労力を
この絵本に込めてくれたのだろうか

~~~
物語は星空ティーパーティーで締め括られ
絵とそっくりな菓子や道具が運び込まれ
三人目のご亭主、萌寧さんによる
薄茶の席が始まりました
初めて逢った時は
本当に小さい子うさぎさんでした

もう現実と絵本の境がなくなってしまい
自分は人なのかひつじのヒカなのか
吉森はうさぎなのか
頭の中と外がこんなに仲良く混ざり合うとは

~~~
惜しみつつ席を出て
初めてスマホの時計を見ると
夜の7時を回っていた
席入は正午だったかと…
いや何が現実かよく解らない
誰も困ってない
誰も疲れていない
誰もが何にも縛られない
自由な心で居られた日

帰りは二時間半の渋滞でした
茶事に比べたら短い短い(笑)
車内にずっと漂っていた言霊は

ありがとう
ありがとう
何百回唱えてもまた自然に出てくる
ありがとう

時間よありがとう
人の心の優しさと混ざると
あなたは素晴らしい魔法を見せてくれる

歳月人を待たず
…待たなくていいよ
遠慮せずに
優しい魔法を運んで来てください

~~~
星霜軒に帰り着いた
『ただいま星霜軒!』
ガレージから見上げた夜空は
澄んで透き通って
キラキラしている

私が胸に抱いている一冊の絵本を
速く開いてよと急かすように

だめよ
誰にも急かされないで生きるって
もう決めたのだから✨

次の物語を紡ぐのは…
年は改まっても
星霜軒の物語は繋がって行く
心の七宝繋は耀く