星霜抄 ~青森紀行2


カーナビ通りのルートに従うと
十和田湖を後に、奥入瀬川の渓流沿いに進む
木漏れ日が車を洗い
私たちの心も晒してくれる

心惹かれた景色に車を停め
川風の中で清水と戯れる
そっと手を浸して奥入瀬に挨拶…
手の長い人が羨ましい

木陰を通ってくる分
十和田湖よりはだいぶ冷たい

東北初心者の私のイメージは幻で
青森は私の想像よりはるかに暑い

しかし気温が35度の日でも
微生物の棲む土の上で
連なる木陰であり
そして 水辺であれば
こんなにも心地よく過ごせる

栗平 がそうであるように…
体感気温は緯度の問題ではない
標高に頼らなずとも涼はある

大自然と呼ぶほどでなくても
手つかずでなくてよい
私は木の下にある家に暮らしたい
荒ぶることのない水辺に棲みたい

一年のほんの数日の休みではなく
青山緑水を我が家と呼びたい

憧れだったこの地に
先祖が呼び寄せてくれた
ありがとう
心が通じた気がしました

こもれび ドライブを存分にした後は再び 東北道に入りひた走る

コントラストの強い景色
空と緑と白線と
グレーのアスファルト…

ついに「むつ」の字が現れた
間もなく風力発電のファンが見えた
たくさんたくさん見た
回っているのは一つきりたった

ついに町内に入り
はやる心をなだめるように
陸奥横浜の道の駅へ向かう
ここのホタテ丼を食べに来た

びっくりするほど大粒で厚みのあるホタテが3つ、卵とじになっている
ホタテ一つが虎屋さんのきんとん大…

道の駅ではベコ餅に出会う
祖父 正義の好物と聞き
供養と土産に買い込む

当時はクジラ餅と言い
シンプルに白黒の2層だったが
今は 金太郎飴のように
牛や豚やパンダの顔だ(笑)

横浜町の郷土資料館ができたばかり勇んで行ったが…閉館中😢

いよいよ最初の目的地
横浜町の町役場に向かう
駐車場には前に欅の大木がある
長年話に聞いていた一木だ

幹に手を当てて
「やっと会えましたね…」と挨拶する

洋子母の実家、宅間家は
この敷地内にあった
「 ここが玄関で ここが 庭だったよ」
と指でさして吉森が詳しく教えてくれた
小学生時代の記憶は鮮明だ

生垣は当時のまま残されており
白い木槿の大木と巨大な栗の木
蔦が絡んで幹まで緑を纏い
一樹で小さな森を成している

この土地は吉森が相続していたが
何年か前に役場の人が麹町まで尋ねて見えた
「冬場の雪を積む場所として買い取りたい」と…

最も Google マップで見ると
以前から雪は積まれていた(笑)

快諾したが地縁が切れることは
私は寂しく思った

温厚な祖父は「 仏の宅間」 と呼ばれ名は正義(まさよし)justice !
洗礼名はダヴィデ
和裁士の祖母みやはマリア
2人とも熱心なクリスチャンだった

牧師の家系の生まれは
智浩の思考に深く影響している

曽祖父、宅間六郎は聖公会の司祭で
青森と福島(南相馬)の教会史に
その名を探せる…

立教大学の創設や
清里の清泉寮の創設にも
深く関わっていたようだ

旅の道すがら
未知の祖先へと思いを馳せつ
私はWeb 上の資料を読み漁った

その、祖父の墓はキリスト教式で
聖書の文字が刻まれた墓石である
智浩のアルバムで見たことがある

だが洋子母が亡くなってからは
二十年来ていない…

霊園にたどり着けるのかも
墓石が残っているかも
私は不安で仕方ない
続く